周辺には、見所いっぱい(^^♪
当旅館の周辺には、見所がたくさんございます。片倉小十郎でもおなじみ白石城を始め、城下町ならでは風情がある白石市中心部までは、車で10分の距離。
その他、国道113号線に沿って七ヶ宿ダムでお馴染み七ヶ宿町。さらには県境をすぎて高畠町、南陽市などここではご紹介できない程たくさんの見所がございます。
白石城
白石城は白石市の中心部にある益岡公園にあった平山城で、中世末期頃、地元の士豪白石氏の居城でしたが、慶長七年(1602)以降は仙台城の支城として伊達家の重臣片倉氏が代々居城し、元和元年(1615)の一国一城令後も例外的に「城」としての存続が認められました。
明治維新時には、白石城で奥羽越列藩同盟が結ばれるなど歴史が大きく転換する時にたびたび登場し、重要な役割を果たしてきましたが、その後片倉家は、開拓費用に充てるため白石城の売却を申請し、明治七年以後随時解体されました。
白石市民の長年の夢でありました白石城の復元は、市民の間から復元の浄財が寄せられるなど復元に対する運動が起こり、平成七年(1995)に三階櫓(天守閣)と大手門を、史実に忠実に復元しました。
材木岩公園
白石川の上流にある七ヶ宿ダムのすぐ下に、国の天然記念物に指定されている「材木岩」があります。
材木岩の成因は巨斑紫蘇輝石石英安山岩が水成岩(白石川の水面の近くに見える水平層)の基盤を貫いて地表面に噴出し、急激に冷え固まるときに三角から六角柱状の節理をあらわしたものです。高さ65m、巨大な材木を垂直に100mほどの距離に立て並べたような自然の造形です。昭和5年(1930)5月1日、国指定天然記念物。
平成3年(1991)にオープンした水と石との語らいの公園では、春になると桜並木が咲き誇り、夏になると公園内の親水路で水遊び、秋になると燃えるような紅葉をと、年間を通じて大勢の観光客が訪れています。
○ 駐車場 一般車79台・大型バス8台(無料)
○ 交 通 東北道白石ICから車で30分
JR白石駅・JR白石蔵王駅より車で20分
JR白石駅・JR白石蔵王駅より宮交仙南バス関開発センター行乗車、江志前バス停下車。徒歩約5分。
問い合わせ先 白石市都市整備課 0224-22-1325
スパッシュランドしろいし
美しい自然と豊富な水資源を利用した、新感覚のリゾート施設です。趣向を凝らしたお風呂とプールが揃い、老若男女を問わず、くつろぎとリフレッシュを贅沢に堪能できます。
施設の概要としては、日本水泳連盟公認の50mプールをはじめ、ウォータースライダー付きの子供プール、ジェットバスや打たせ湯、サウナなど多彩なお風呂を配したバーデゾーン、岩風呂、トレーニング器具を完備したトレーニングルームのほか、宿泊棟もありスポーツクラブの合宿などにもご利用いただけます。
料金等の問い合わせ先-スパッシュランドしろいし
〒989-0233宮城県白石市小原字西川久保18番地
TEL:0224-29-2326 FAX:0224-29-2328
スパッシュランドパーク
小原温泉郷のほど近くに、温泉プールを中心とするスパッシュランドしろいしと、白石川対岸にレクリエーション型総合公園としてのスパッシュランドパークがあります。
平成9年(1997)に開園した23,7haの園内にはシバザクラを中心に四季折々に花木と草花が楽しめます。公園全体をキャンパスに見立て花の絵の具で色彩り、特に春に咲き乱れるシバザクラは12万5千株を数え県内一の景観を誇ります。
○ 花と緑のカレンダー
春: コブシ・ヤマブキ・オオヤマザクラ・シバザクラ・サトザクラなど
夏: ツツジ類・ヤマボウシ・サルスベリ・アジサイなど
秋: ミヤギハギ・ナナカマドなど
冬: モミジなど
○ 交通
白石ICから、車で国道4号・113号経由約20分
白石駅又は白石蔵王駅から宮交仙南バス(関開発センター行き)乗車、スパッシュランドしろいし下車。徒歩約5分
〒989-0233 宮城県白石市小原字西川久保18番地
TEL:0224-29-2326 FAX:0224-29-2328
岩風呂 かつらの湯
小原温泉の白石川沿いにある市営の岩風呂。川のせせらぎを聴きながらゆったりとしたご入浴が楽しめます。岩風呂ならではのこの落ち着いた風情がこのお風呂の魅力。泉質は単純温泉。
- 源泉名:目の湯
- 泉質:単純温泉・低張性弱アルカリ性高温泉
- 泉温:53,2℃
- 一般的対応症:神経痛・筋肉痛・間接痛・五十肩・運動麻痺・関節のこわばり・うちみ・くじき・慢性消化器病・痔疾・冷え性・病後回復期・疲労回復・健康増進
場所:白石市小原坂上66
交通機関:東北道白石ICより車で15分
料金:高校生以上200円 小中学生100円
営業時間:8時~18時
休日:年中無休(臨時休業あり)
駐車場:10台(無料)
萬蔵稲荷神社
熊谷家に生まれた万蔵は、小坂峠を中心に馬方をして暮らしていましたが、ある時峠の頂上で、旅に疲れた老僧に一食を求められ、老僧を馬に乗せ我が家にて、心からのもてなしをしましたが、翌朝早く老僧は姿を消してしまいました。万蔵が昨日の峠にさしかかると馬のいななきが聞こえたので見てみると、作夜の旅僧が立っており「私は稲荷神社の化身である。昨夜は殊勝な心掛けであった。」と礼をのべ馬三頭を与えられました。万蔵はその後、この馬を金に代えて、稲荷社を建て、自らも修行し、出羽三山から大阿闇梨金剛院祐観の院号を受け、後には即身仏になったと伝えられています。参道には、百基余りの朱塗りの小鳥居が建っています。



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